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2012年9月17日 (月)

石原裕次郎氏の一念「黒部の太陽」

「黒部の太陽」はある種の革命ではないかと思います。観ながらその根底に流れる「成し遂げようとする」その一念がすべての人々の根底にあると感じられたのです。このプロジェクトに参画されたすべての人々の心が一つの無限な心に集約されていると感じ、何故これほどの事が出来るのだろうと、、、ず――と考えていました。何故だろうと、、、知りたかった!!!何故にこれ程に多くの人々の心が一つになれるのだろうと、、、資料を探しました。そして辿り着いたのが(熊井啓監督の「黒部の太陽」全記録)でした。

そこに書かれていたのは、石原裕次郎氏の言葉として「毎日新聞に掲載された原作にふれたとき、その傍題の”日本人の記録”という文字がボクの気持ちをとらえた。日本人――その偉大なる記録がこの「黒部の太陽」だった。・・・・・・・だがボクは、巨大なブルトーザー、ジャンボ、コンウェイ等を使いほんとうに山をぶち抜く作業を映画に映しだしたら、どんなに素晴らしいだろうという想念にとりつかれた。やがてそれは、ボクの頭と胸のなかに、一つの”執念”として発酵していった。」(引用「黒部の太陽」全記録)

石原裕次郎と言う類まれな稀代の役者・プロデューサーの人間の一念がすべての始まりでした。それは関西電力の太田垣士郎社長の「深刻な関西の電力不足の改善と日本経済の復興」を思い、社運を懸けて大英断を下したその思いと全く同じではないかと思いました。どれほど困難な事も、革命・改革と言われることは、最初は一人の人間の熱い思いがその原点です。その思いに一縷の私心もなく純粋で真摯な情熱が革命を起こすのです。

映画の完成に行き着くまでの死闘はまさに「黒四大町トンネル工事」完成への道と同じように「破砕帯」が立ちはだかりそれを突破する。其の事を石原氏は「日本映画の五社協定というシロモノが僕たちの情熱を阻んだが、結局は僕たちの熱意が勝利を握った。」(引用「黒部の太陽」全記録)と。

石原氏の演じた役のモデルとなった笹島信義氏が熊井監督との対話の中でこういわれています。「我々の現場には三種類しかない。それは「最も危険な現場」「最も苦労した現場」「最もうれしかった現場」そして、大町トンネルはこの三つ全部。」だと。そして、熊井監督も自らの人生を賭けて 臨まれた映画。

石原氏の言葉に「僕はこれまでの人生全部を賭けた記念作として、この「黒部の太陽」を忘れることができないし、同時につくり上げたことにそこはかとない誇りすら感じている。」「人の和と誠意で出来上がった。」(引用「黒部の太陽」全記録)と。

心は、思いは永遠です。人生を賭けて、命を懸けて作り上げたものは永遠に色あせることなく鮮やかに生き続けます。今の日本に必要な映画です。本当に心が震えました。

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