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2011年5月25日 (水)

「トスカ」舞台写真です。

「トスカ」の舞台写真です。

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2011年5月23日 (月)

マイルス・デイビス

かなりのハードロックを聴きたくなって、、、色々探して、、、でも、ザ・フーでもなく、ピンク・フロイドでもなく、ボーウィでもクイーンでもレノンでもなく、、、で最終的に突き当たったのが、

マイルス・デイビス!!!久し振りに聴いて、、、毎日結構な時間を車の中で過ごすので、其の間殆どが次回の公演の曲を聴いているんだけれども、、、

聴けば聴くほどにこのやり切れないほどの無常観、、、得体の知れない物への戦い、、、そして、何故か哀しくて、優しい想い、、、

「許せないと思う心、理不尽だと思う心、不条理だと思う心」其の全ては次への原動力である。ずーーとそう思いそうして来ました。

久し振りにマイルス・デイビスを聴いて、今夜はバーボンをロックで、、、な感じです。

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2011年5月18日 (水)

茂山狂言会公演

先日「茂山狂言会」の公演に行ってきました。実は其の前に「東日本大震災チャリティーの為の茂山狂言会」の公演に行かせて頂き、、、もう数時間笑いっぱなし!!!

あんなに笑ったのって、本当に久し振りで、、、狂言って本当に凄いって!!!思っていたんです。そして、ものすごーーーく笑った後って人はこんなに幸せになれるんだって!!!

だからまた行って来ました。またまた思いっきり笑って、、、とっても幸せな気持ちになって、、、一緒に行った芝居をしている私の弟子も「先生凄い!!!表情だけで、形だけで、間だけでこんなに笑わせれるなんて!!!」

楽しく、幸せな素敵な時間でした。

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2011年5月16日 (月)

5月15日の報告です。

5月15日のゲスト出演の報告です。
今回は上方舞創作「浮舟」と急遽地唄「黒髪」の二題を舞う事となりました。
ボチボチ鬘を直して頂かなければ、、、と思っていましたので、「根取の下げ髪」と「三ツ輪」の鬘をほぼ結い直しにお願いしました。「根取の下げ髪」は鬢もそのままで結いなおしをして頂きました。
「三つ輪」は今まで鬢を少し張らないで結って頂いていたんですが、今回から、以前私はいつも「京鬢」に結って頂いていたので、そのように「京鬢」に変えて頂きました。「三つ輪に京鬢」はなんとも言えずはんなりとしてとてもいい具合です。やっぱり私は「京鬢」が落ち着きます。
「浮舟」は薫に出会った頃と匂宮に出逢ってからとで表現をかなり変えました。娘から女への変化と、純なところから少し艶っぽさを出すように表現しました。この変化がどう捉えられたのか、、、秋に向かって深めて行かなければ、、、です。
「黒髪」は今回は全て手事のみで振付しました。此れも今後の新たな課題です。
一作品、一舞台毎が真剣勝負です。本当にゆとりなんて全くありません!!!
命を削っているような、、、舞台の女が花開けば生身の自分は、、、そんな気がしています。

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2011年5月14日 (土)

源氏物語「浮舟」

舞台「浮舟」について、地方の北野峰琴さんと幾度も語り合いました。作品を創ってゆく過程で幾度も幾度も語り合います。そして、私の想いも理解して頂けるように話し合います。

「浮舟」が薫も匂宮も最後の最後まで決して選べなかった本当の浮舟の心情を、、、突き詰めて突き詰めて行きました。

「浮舟」は薫の心に惹かれその佇まいに惹かれて、、、そこに匂宮が激しく、荒々しく入り込んでくる、、、

女が男を選ぶとき、、、身と心が一つであれば「浮舟」は迷う事無く選び得た筈です。

だが、薫の心と匂宮の身とは決して一つにはなれず、惹かれ行く想いは永遠に二つである筈です。

心惹かれることが身よりも強ければ、また身に惹かれることが心よりも強ければ、それはどちらかになり得るでしょうが、、、

「浮舟」にはどちらも選ぶ事など出来ぬ程に心も身も惹かれて行ったのだと。そして、身に惹かれて行く自らに激しい自責が、、、それに苛まれて、、、自らを消し去ろうと、、、だからこそ仏門に入る事でしか自らを救うことが出来なかったんだと思います。

「浮舟」を創り込んで行く中で以前読んだ山本周五郎の「おさん」を思い出しました。女の性か業か、、、そう思うと「大君」が薫と一度も情を通わす事無く死んでいった事が、宇治十帖のテーマのようであり「源氏物語」の究極の女の生き様のようにも感じます。

ただの一度も情を通わす事無く逝った「大君」、父君の教えを守ったかも知れないが、、、他の女とは決して同列に並ぶとこの無い女になる為には、当時は「永遠の拒否」は男の中に永遠に残る女となり得る「大君」の薫への究極の「愛の証」ではないかとも思います。

その形式(かたしろ)の女として登場した「浮舟」が情に溺れて行く様は、二人の女を通して「源氏物語」の女の究極の姿かも知れません。

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2011年5月 8日 (日)

浮舟に潜む二人の女

15日の本番の「浮舟」の台本がやっと仕上がりました。

此れは地方さんの北野峰琴さんからの依頼を受けての作品です。秋に茂山童司さんとご一緒させて頂く「浮舟」とは取り組みが全く違い、、、先日の下合わせで再度脚本を練り直しました。峰琴さんは地方としてづーーーーーっとご一緒させて頂いています。

地方さんである以上は唄を主に創り込まないと、、、

また浮舟の心の有様を語りとして創って行かないと、、、

秋のものとは全く別の作品です。創る中で「浮舟」の心と身が、、、薫と匂宮と、、、

どうしようもなくそうなって行く女の性が見え隠れして行く、、、

惹かれて行く心は、、、静と動、、、陰と陽、、、見えぬものと見えるもの、、、

「浮舟」に潜む二人の女、、、

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2011年5月 7日 (土)

團十郎丈の幡隋長兵衛再び

芝居を越えて、役を越えて、心が心の奥の深いところに染み入ります。

尋常でない覚悟が、、、生命を懸けた壮絶な覚悟が、、、とても美しく清らかで、、、

江戸の男伊達の芝居なのに、様々な修羅場を越えてきた男の覚悟の様なのに、、、

人生を生き、幾多の修羅場を越えて人は清らかに崇高になって行くんでしょうね。

魂だけは心意気だけはどんな修羅場にあっても汚されなかった、、、

そんな男の生き様を観たようで、、、

心の深い、無限の深さを感じて、ただ心だけが涙で溢れました。

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2011年5月 5日 (木)

團十郎丈の幡隋長兵衛

市川團十郎丈の「幡隋長兵衛」

此れこそ江戸歌舞伎!!!まさに男伊達!!!

命を懸けて、死を覚悟し妻子と今生の別れと、水野の屋敷に向かう長兵衛、

二幕の長兵衛の台詞が心に迫りました。泣きました。

長兵衛の覚悟に、生きた人生の生き様に胸が、、、、、

これ程までの覚悟を決めた幡隋長兵衛に出逢ったのは初めて。

弁慶にしてもそうなんですが、これ程までに私心を捨て、我が身を義の為に差し出せるのか!!!

義の為、崇高な志の為、男の誇りの為に命を捨てる。

見事な江戸の男伊達の芝居。

でも其の奥に潜んでいるとても純な心が私の心を震わせました。

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2011年5月 3日 (火)

地唄「雪」 

地唄「雪」

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