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2011年3月 6日 (日)

「横笛」公演報告

当日朝から通し稽古、開演に間に合わないので楽屋入り直ぐに化粧にかかりました。その間に音合わせ、ライトの仕込み等等、、、そして、通しに入りました。
今まで創って来た「横笛」を先日のリハのDVDを観てから全て白紙状態から創りなおしました。
横笛の精、、、此れを表現する為に静を中心据えました。私は全く動かない、、、その前で柏木の童司さんが動を表現される。精である以上人間の持っている血の匂い、、、肉の感覚を出来るだけ取り除きたかったのです。それは「夕鶴」のつうであり、竹の持つしなやかで凛とした佇まいを表現したかったのです。微動だにしない立ち姿、、、座して動かない姿、、、そこを柏木は激しく狂い舞う、、、そのコントラストが激しければ激しいほど、横笛の哀しみが、、、忘れ去られた心が際立つと、、、
人間と精の距離を表現したかったのです。
苦しみも、哀しみも、喜びも、全て静に留める。その静の心の向こうに真実の思いを秘めている。
屏風も鳥の子にして、上手を現世下手を幽玄、人間である柏木は上手、精である横笛は下手。その立ち位置が微妙に揺れて、柏木が死ぬと下手の屏風の後ろにハケテ行く。
前回と今回を観て下さった方が「前回は横笛は一人で昇天したように感じましたが、今回は柏木を連れて昇天したように感じました」と、、、私が今回辿り着いた横笛の心は「来世は人間として柏木と添い遂げたい」その思いでした。
それは「夕鶴」のつうであり「宮本武蔵」のお通の思いでもありました。
今世添えぬのなら、、、来世に、、、という思いを抱きながら昇天した「横笛」でした。

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