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2011年3月19日 (土)

上方舞立花流 舞の会

この度の「上方舞立花流舞の会」を公演実施について随分考えていました。
今未曾有の東北・関東大震災で多くの方がたが被災されていられる其の時に、「歌舞音曲」は、、、と考えました。でもこの公演の中で出来る事は、、、そう考えた時に「黙祷・祈りを奉げる」という事をさせて頂ければと思いました。私などは本当に微力です。
会に参加して下さる出演者の皆様、スタッフの皆様、そしてお客様、、、共々に
被災された方がたの心のご安心、ご生活のご安心、そして、お亡くなりになられた方がたのご冥福を心を込めて黙祷を捧げさせて頂く。
舞は上方舞は心の舞です。
世阿弥の言葉に「心から心に伝わる花なれば」というこの言葉、心をいつも大切に舞い続けています。
舞う事は心を伝える事。舞う事で心と心を繋ぐ。
そして、心からの深い黙祷を捧げさせて頂きたい!!!
今出来る事を心を込めて、、、そう決心致しました。

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2011年3月16日 (水)

東日本大震災、お見舞いを申し上げます。

東日本大震災、、、未曾有の被害の状態。被災された多くの方がたのお心はいかばかりかと存じ上げます。その身にならなければ決して分からない苦しみ、哀しみがおありの事と思います。私には計り知れない程の哀しみ、苦しみ、の数々と思います。何をどうすることも出来ませんが、せめて知り合いの方がたへと、、、郵便本局で教えて頂いたのは、「栃木県までは小包は受けれますが、茨城からは郵便のみになります。郵便なら受けます。それも地域によってはかなりの遅滞が生じますから、日持ちのするものにして下さい。」と。郵便にお粥等を入れて送りました。届いて下さい、少しでもと祈りを込めて、、、
阪神大震災の時にボランティアで炊き出しに幾度か行きました。西宮から3時間歩いて炊き出しの場所に着いて、多くの方がたが長い列で待っていられ「温かいのが嬉しいです。」「ホットしました。」と
そして、火を落として片付けようとしていた時に親子3人連れのご家族が来られました。「ここで炊き出しをしているって聞いたんでやっと来れました」やっとの思いで来られたんです。もう何も残ってはいませんでした。ボランティアの皆が持ってきたパンや飴やお菓子や全部を集めて「すみません。もうこれしかないんです。」とお渡しすると、「ありがとうございます。家族で頑張って行きます。必ず立ち直ります。」泣きながらそう仰って家族3人で帰って行かれました。私達は帰る場所がありました。でもあの家族には、、、でも笑顔で手を振って行かれたんです。
今日仕事で名神を走っていたら、上りを消防車や緊急車が4台連なって走ってゆきました。見ると「熊本県」と書いてありました。日本の端から助けに行かれる緊急車でした。御堂筋でもシグナルを消してお巡りさんが交通整理をしてます。おそらく節電の為の訓練と感じました。日本の国の皆が自宅で、仕事場で、あらゆる場所で節電をすれば少しは役に立つのではと思います。私も自宅で節電を、仕事場で節電を、、、大きな力にはなれなくても、自分の出来る事をさせて頂く事で少しでもお役に立てれればと思います。

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2011年3月 6日 (日)

「横笛」公演報告

当日朝から通し稽古、開演に間に合わないので楽屋入り直ぐに化粧にかかりました。その間に音合わせ、ライトの仕込み等等、、、そして、通しに入りました。
今まで創って来た「横笛」を先日のリハのDVDを観てから全て白紙状態から創りなおしました。
横笛の精、、、此れを表現する為に静を中心据えました。私は全く動かない、、、その前で柏木の童司さんが動を表現される。精である以上人間の持っている血の匂い、、、肉の感覚を出来るだけ取り除きたかったのです。それは「夕鶴」のつうであり、竹の持つしなやかで凛とした佇まいを表現したかったのです。微動だにしない立ち姿、、、座して動かない姿、、、そこを柏木は激しく狂い舞う、、、そのコントラストが激しければ激しいほど、横笛の哀しみが、、、忘れ去られた心が際立つと、、、
人間と精の距離を表現したかったのです。
苦しみも、哀しみも、喜びも、全て静に留める。その静の心の向こうに真実の思いを秘めている。
屏風も鳥の子にして、上手を現世下手を幽玄、人間である柏木は上手、精である横笛は下手。その立ち位置が微妙に揺れて、柏木が死ぬと下手の屏風の後ろにハケテ行く。
前回と今回を観て下さった方が「前回は横笛は一人で昇天したように感じましたが、今回は柏木を連れて昇天したように感じました」と、、、私が今回辿り着いた横笛の心は「来世は人間として柏木と添い遂げたい」その思いでした。
それは「夕鶴」のつうであり「宮本武蔵」のお通の思いでもありました。
今世添えぬのなら、、、来世に、、、という思いを抱きながら昇天した「横笛」でした。

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