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2008年12月28日 (日)

マタマタ野茂投手です。

先日来より鼓の森本裕紀子さんと「能」を上方舞で創って行こうと話し合っていて、来年の「奉納舞」の「草紙洗小町」「熊野」とは裕紀さんの鼓と謡で舞います。それもあって謡の本を求めに本屋さんへ行き、幾つかの謡の本を買い求め、さあ!!勉強!!!と思って帰りがけたところ、、、そこにはなんと!!!「野茂英雄特集」の雑誌が積み上げられていた。 そりゃ私は大の野茂ファン。即座に買いました。そこには引退までの様々な野茂の姿。今の野茂の姿、、、まるで野武士のような風貌でポートに存在している野茂が居ました。数々の歴史に残る偉業を創り上げた人のなんと自然体な姿!!!やっぱり凄い人だと思いました。目が瞳が実に美しい!!!瞳の奥に清清しい輝きが宿っている。野茂が引退の時に「悔いが残る」そういった言葉をもう一度感じていました。「ファンが喜ぶようなパフォーマンスが出来ない。だから引退を決意した。」と「自分はまだまだ挑戦したい思いもあった。」と、、、あれ程の業績を残した人がなんと素直に正直に語るんだろうと、やっぱり野茂は野茂だと1人感動していました。野茂を語る記事の中に「野茂は問題をひとつひとつ解いてゆくことを無上の喜びとする典型的な「理系人間」である。失敗するにしろ、成功するにしろ、全てに根拠を求め、自らが納得しさえすれば、もうそれ以上は悩まない。怯みもしない。執着は思考のプログラミングそものもにあり、結果に価値を求めない。」またある記事に「メジャーリーグのバリー・ボンズが松坂と対戦した後のインタビューで「野茂についてなら話す事はいっぱいあるよ。でも松坂に対しては全く無いね。」と言い放った。このとき野茂の言葉が脳裏に浮かんだ「狙われているとわかっている時でも、ストレートを投げたい相手が居る。」つまり「力と力の勝負」を挑んできた野茂に対して、メジャーの猛者たちは、それを本物だと認め、対決を楽しんできたのだ。」と、、、私の好きな本の一つに松下幸之助著「指導者の条件」という本があります。自分が怯みかけた時、挑戦しなければならない時、覚悟を決めようとする時などに幾たびも読み返す本です。そこには日本中国を中心に先人達の様々な在り方が描かれています。そしてあとがきに、松下幸之助はこう記しています。「すでに、立派な教え、すぐれた手本はいくらでもあるのですから、われわれは素直にそれを取り入れ、自分の持ち味にしたがって応用し、生かしていったらいいだけです。それが出来ないのは、結局、人間特に指導者が、自分の利害とか感情、欲望、一個の知恵などにとらわれて、素直な心を失っている面があるからではないでしょうか。素直な心なしには、どんな立派な教えも生かせないとおもいます。人間として一番大切な基本の心がまえだといえましょう。」

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