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2007年8月10日 (金)

六条御息所考

前東宮妃であり、高貴な身分と美貌と教養を併せ持ち、その物腰は気品と奥床しさを漂わせていた。その誇り高く知性豊かな女人が恋に狂い嫉妬の焔に崩れてゆく、、、、若き源氏に溺れて行く御息所。美しく誇り高いが故の孤独感。そんな孤独感を源氏も抱えていたのではないかと、、、源氏の彷徨える心の孤独と御息所の抱えている孤独。それが寄り添うことになる心の始まりではないかと、、、、、けれどこの孤独感、求めても求めても彷徨い続ける心。その有様は同じでもその根本の心は違っていたのではないかと。御息所は前東宮の寵愛を一心に受けて過ごした月日と今の我が身。御息所という女人は自分の内に燃える情念を抱え続けて生きている女。その焔のたぎりは源氏に出逢った事で燃え上がって行く。抱え持つ孤独をも払拭する如くに一途に燃えて行く。だが源氏の抱えている孤独は母を求めるような、安らぎを求め続ける孤独感。そこには言い寄る事の出来ない深い流れが横たわっているのではないか。御息所は始めからその違いを感じていた。愛を求める本質が違っていた事を、、、御息所の心のように源氏の思いが自らの思いとは違うことを感じていたと。そうと知りながらも求め続ける心。抑えても抑えても抑えきることが出来ない心。嫉妬に狂う事の愚かさも恥ずかしさも充分に認識をしていても愛に翻弄されてゆく御息所。そこに起こった車争い。自尊心を決定的に傷つけられ、今まで感じた事もなかった激しい屈辱感。御息所は己が運命を慨嘆する。そして、隠しても隠し切れない深層の情念と痛恨が知らず知らずに自らの体を離れ怨霊となって生きてゆく。深層の思いと誇り高い女人の心。その均衡が破られて、崩れてゆく、、、御息所は我が身を恥じながらなお消し去ることの出来ない情念と凄まじい痛恨の思いを抱え、崩れてゆく。終わることのない焔の中で、、、「源氏物語」の中で一際鮮烈に描かれている六条御息所。その対称に居るのが葵上。同じように源氏を求め求め続けてもなお愛されぬ心。葵の上は心を閉ざし心を冷やしてゆく事で生きようとする。御息所は愛されぬ心を燃やすことで生きようとする。しかし、最後に葵上は源氏の愛を実感して死んでゆく。どこまでも愛を実感できない御息所は最後の最後に至って苦しみの最中にいる。葛藤を抱え悟ることの出来ない心。執着を取り去ることの出来な心。その人間の原点とも言える執着の心を一心に受けて存在している御息所。紫式部の中で御息所は壮絶な自身の心の化身のようにも感じます。全てのものをかなぐり捨てた時に残る心、魂。六条御息所を描くことで人間の執着の凄まじさ人間の心の地獄を表現したかったのではないかとも思います。その事を通して真実の人の心の有様を見せてくれているようにも感じます。人間の心の奥には天国も地獄も存在していると、、、そこから執着を取り放つ事で清新な心へとなって行くのではないかと、、、その事を六条御息所を通して気付かされたように思います。

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