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2006年6月16日 (金)

私が名取を返上したワケ

私が何故名取を返上したのか?よく人に聞かれます。「何故?どうして?」そりゃそうですよね。長い年月を懸けて修練を重ねて頂いた「名取」それを捨てるのには、確かにそれを越える思いがありました。一番の理由は《地唄「ゆき」を自らの念いで舞いたい!!!》これにつきました。流派には流派の教えがあり、古典の中でも重要とされている「ゆき」には変えることの出来ない其の流儀の「伝承の振付」があります。私も嘗て家元の直弟子として「伝承の振付」で「ゆき」を舞い続けていました。多くの「地唄舞」の振りは傘を使用します。又扇を傘に見立てて舞います。ただ、ある時期からこの舞は「傘」も「扇」もいらない。降りしきる雪の中、かつて芸妓の頃の様々な念いを抱きながら、今は仏門にいるわが身。其の心の内の鮮やかな女心と全てを越えた今の心。越えてもなお消えぬ残り火のような深い念い。この女心を表現するのに私は傘も扇も何のいらない。「心一つで舞いたい!」そう思ったのです。雪に身を置き、昔を思う。そして、最後に扇を剃刀にして、髪を自ら切ります。その一点の振りの為に私は「名取」を捨てました。ただ自らの念いを貫きたい!信じる道を行きたい!それだけでした。真実舞いたいと思うものを舞い続けたい!ひたむきにそう思いました。人には様々な見解があります。この思いを良しとする人否とする人様々と思います。それで良いと私は思っています。ただ物事を決断する時にその念いが純粋であるか否か。驕ったものかどうか。そこの見極めは非常に重要に思います。何時如何なる時も「素直に謙虚に」という心を大切に歩いて行きたいです。

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